ファンニー・ピオ
青い目の人形について


 
ファンニー・ピオ
 
 
青い目の人形は、 アメリカのシドネー・ルイス・ギューリック博士(日本在住20年余、宣教師として日本のん宗教、教育会に貢献した親日家、1860-1945)が、アメリカに帰国後、ひな祭りの伝統行事のある日本の子供たちと人形を通して、友情の交流を図ろうと考えて、全米に呼びかけ、子供たちはバザーで資金を集めたり、小遣いを持ち寄り、260万人ものボランティアが1年がかりで、人形に手作りの服を着せて、手紙と本物そっくりのパスポート及びギューリック博士署名のメッセージを添えて、1926(昭和元)年末に日本に届きました。
 
発見時に着ていた洋服と帽子
 
 
日本では、東京で盛大な歓迎行事を行ったあと、各地に配付され、北海道には643体届きました。(現在確認されている数は、23体です。)

その後日本では、青い目の人形のお礼として、女の子から1銭ずつ寄付を募り、それを基に、東京や京都の一流の人形に依頼し、美術的な最高級の人形を58体作成して、アメリカの各州に答礼人形として贈りました。

 
時計台
 
 
平成元年(1989年)には、「青い目の人形アメリカ里帰り展」がワシントンD.C.などで開催され 、日本から95体が参加し、この時には時計台のファンニー・ピオちゃんも参加しました。

この人形は、昭和(1927)年に私立若葉幼稚園に贈られたものです。そして、昭和53(1978)年5月にこの幼稚園の経営者であった塚本秋さんから札幌市に寄付されたものです。

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